【『万葉集』、かぐや姫】
手塩にかけて育てた姫が月へ帰る物語『竹取物語』で、かぐや姫の育ての親となる竹取の翁が住んでいたとされる奈良。すなわち、かぐや姫は奈良に生えていた竹から生まれた、と。さらに、平安時代初期の『竹取物語』から遡って、奈良時代完成とされる『万葉集』を開くと、歌人にとって月はポピュラーな題材だったようで、多くの歌が詠まれています。
奈良で見た月を詠んだ歌に限りませんが、いくつかを紹介します。
「熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」
額田王
船を出そうと月を待っていると、潮の流れが良くなってきた。さあ船出だ。
「去年見てし 秋の月夜は 照らせれど 相見し妹は いや年離る」
柿本人麻呂
昨秋に見た月は今も明るく照らしているけれど、そのとき一緒に見た妻は遠くへ行ってしまった(妻の逝去を悲しんで詠んだ歌)。
また、坂上郎女に
「月立ちて ただ三日月の 眉根掻き 日長く恋ひし 君に逢へるかも」
(月が生まれて出てくるときの三日月のように眉をかいたからでしょう、長く会えなかった恋しいあなたに会えました)という歌があり、
大伴家持に
「振り放けて 三日月見れば 一目見し人の眉引き 思ほゆるかも」
(夜空を仰いで三日月を見ると、ひと目見たあの人の弓のように細い眉を思い出します)という歌があります。
坂上郎女は大伴家持の叔母にあたります。三日月は女性の細く切れ長な眉のよう。夜空に気になる相手の顔を思い浮かべていたのでしょうか。
【月を詠む“恋の歌”】
作者不明(詠み人知らず)の歌にも、せつなく余韻を引く歌があります。
「闇の夜は 苦しきものを いつしかと 我が待つ月も 早も照らぬか」
真っ暗な夜は苦しい。月よ、早く出てくれないかな(早くあの人が来ないかな)。
「十五日に 出でにし月の 高々に 君をいませて 何をか思はむ」
十五夜の月のように今か今かとお待ちしたあなたをお迎えし、何も思いわずらうことはありません。
「あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 妹待つ我れを」
山から出てくる月を待っていると人に言いつつ、実はあの娘を待っているのです。
「秋の夜の 月かも君は 雲隠り しましく見ねば ここだ恋しき」
秋の夜の月のように、しばらく見ないと、あなたのことがこんなに恋しくなる。
【中秋の名月~采女祭】
さて、秋は月が美しく見える季節であり、観月を楽しめる季節です。お月見は平安時代以降に貴族を中心に定着したようで、3つの時期の名月が知られています。
それが、中秋の名月(十五夜:旧暦8月15日夜=2020年10月1日、2021年9月21日)、後の月(十三夜:旧暦9月13日夜=2020年10月29日、2021年10月18日)、三の月(十日夜:旧暦10月10日夜=2020年11月24日、2021年11月14日)です。
このうち、中秋の名月にあわせて、奈良市で「采女(うねめ)祭」が行われます。
「采女祭」は、猿沢池畔にある春日大社末社「采女神社」の例祭で、奈良時代に悲恋がもとで猿沢池に投身した采女(帝の給仕をする女官の職名)の霊を慰めるもの。華やかな花房奉納行列に続いて、猿沢池に船を浮かべる管絃船の儀が(晴れていれば)名月の下で繰り広げられます。
猿沢池のほか、「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出し月かも」阿倍仲麻呂(古今和歌集)、「こもりくの 泊瀬の山に 照る月は みちかけすてふ 人の常なき」作者不詳(万葉集)にある、奈良公園から春日山(三笠山)にのぼる月、桜井市の初瀬の山並みにのぼる月も、奈良を代表する観月スポットです。
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