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松山西口関門(宇陀市)

宇陀松山(江戸時代の城下町)に構える黒い関門

道の駅宇陀路大宇陀から、江戸時代の風情が残る重要伝統的建造物群保存地区「宇陀松山」の街道を北へ約800m。街道西側に流れる宇陀川方面へ左折して、くねくねと路地を行くと、黒い重厚な門がどっしりと構えています。松山西口関門です。

 

「関門」の名の通り、宇陀松山城の城下町にあって重要な出入口の役割を果たしていました。宇陀松山城は、大和郡山の郡山城に入った豊臣秀長(秀吉の異父弟)が郡山城の支城と位置づけ、関ヶ原合戦後には福島高晴が入り、城と城下町の改修整備が進められました。

 

松山西口関門は、発掘調査により16世紀末~17世紀初頭に建てられたと推定されています。別名「黒門」と称されているように、壁以外は黒く塗られている点が特徴で、門に入るとき、くぐって出るとき、いずれも直角に道が曲げられていることにも注目です。

 

この関門が貴重視されるのは、建てられた当時の姿のまま、同じ場所にあるから。このように現存するのは城下町の門としては希少で、国の史跡に指定されています(道路敷地を含む)。江戸時代の風情を味わえる、おすすめの散策スポットです。

 

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