奈良でいちばん古い和菓子店
大和郡山市役所前に風格ある本店を構える「本家菊屋」。
創業は豊臣秀吉が関白宣下を受けた天正13年(1585年)というから、その歴史は実に430年に及ぶ。
郡山城を居城とした筒井氏の後、入城した秀吉の弟・秀長に付き従っていた菓子職人が、初代菊屋治兵衛とされる。
あるとき、秀吉が郡山を訪れることになり、秀長はもてなしの茶会を開く。菊屋治兵衛はその際に献上する茶菓をつくるよう命じられた。秀吉のために特別なものをと考えた治兵衛は、粒あんを餅で包み、きな粉をまぶしたひと口サイズの餅菓子を創案した。
ひと口で食べた秀吉。笑みが広がり、絶賛して、「鶯餅(うぐいすもち)と名付けよ」と言ったという。
現在各地に「うぐいす餅」と称する餅菓子があるが、その原形と考えられる。
やがて秀吉が絶賛したという餅菓子は、郡山城の入り口に一番近いところで売られ、いつしか「お城の入り口のおいしい餅」という意味から、現在の「御城之口餅」として人気を博している。
愛され続ける理由
「御城之口餅」のあんは国内最高級の丹波大納言の大粒小豆だけを使用。
国産青大豆できな粉をつくり、近江産もち米を搗いて餅をつくる。厳選された素材が織り成す、粒あん・きな粉・軟らかい餅の絶妙な三重奏。奈良を代表する銘菓として、地位を確立している。
ただ「超」のつく老舗だとしても、代々伝わる「本業に徹すべし」の精神を貫きながらも、伝統を守るだけでは続かない。
変化も必要で、例えばパッケージの工夫。
「御城之口餅」は6個入りの小箱を新たにデザインし、もうひとつの看板菓子「菊之寿」(生地に練習を練り込み、白小豆あんと希少な福白金時を包んだ、ケーキのような和菓子)とセットで収まる商品箱もつくった。
秀吉の時代から愛され続け、奈良が自慢できる本家菊屋の「御城之口餅」。
奈良のお土産、これなら喜ばれる。
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